「福島から語る」Vol.9 朝尾光二さん (2018年4月21日)

奥に赤い屋根があって、ここは納屋です。ここのドラム缶のある位置とこれを見ると、いかに近くまで猪が来ているかということです。この次にはもう一本、猪が掘った跡があります。山ですからね、当然といえば当然かもしれないけれど、人が住んでいないから、動物達は自分達の天国のように住んでいます。そこのご自宅から6号線まで帰ってくると、これが常磐高速道路です。これが例のよくお聞きになっているフレコンバックというものです。フレキシブルコンテナバッグですけれども、これが野積みされているという状況です。グリーンのシートがかかっていますが、黒い袋の上にまたシートが被せてあるというこの状況が生活圏の目の前にあるわけです。楢葉辺りからは、国道沿いに当たり前のようになっています。遥か奥の方に広野火力発電所があって、原発の時は止まっていたのですけれど、第一原発が動かなくなった時に急遽、復旧させて、今、フル稼働で廻っています。その手前にもこのようにフレコンがたくさんある。これは楢葉町の天神岬から見た処分場です。この間の全ベース会議でも寄って頂いたのですけれど、天神岬から見た楢葉町の処理場の風景です。ここにフレコンがずっとありますが、これは楢葉町だけで取れた、除染の土とか草木とかが全部入っています。この辺に重機がありますが、いわゆるユンボという重機です。これらと比べると、五段積みの大きさというのがどれくらいかというのを察することができると思います。一つで一トン入るので、フレコンバッグを地元ではトン袋と言っています。
それを五段積みにするんです。6段にすると裂けちゃう。だから五段にするということです。五段積みだったら、5メートルになるわけですね、単純に。それだけの量のものがそこいら中にある。これだともっと良く解かって頂けるかな。五段積みにされている。こっちが重機でしょうか。こういうものが町の中にある。これのあるところにやっぱり、放射線がある。集約して固めて置いてあったら、そこの近くに行って子どもを育てようとは思わない。というのはまぁ、当たり前ですよね。だからそこへ帰れというのも、やはり無理があるでしょう。少し話が飛びますが、これは日本一小さいイオンです。イオンという、やたら大きい店ができるのですけれど、奥は広野町役場なのです。これで見ると分かります。広野町役場の前庭に、イオン広野テラスといって、コンビニを一回り大きくしたような規模です。広野町は30キロ圏だった為に、早目に解除されたのです。この広野町はイオンが出てくることを本当に喜んでいますね。やっぱり、何と言ってもイオンさんですからね。
何かあった時にイオンの流通網が役に立つからです。それがこんな小さな町に出てくれるということはこのお店の大きさじゃないですよね。持っている力が問題なので、こういうことをイオンはまぁ、復興の為に出てくれたということで大変喜ばれています。というような復興の状況があります。今どんなことかというと、これが見ていただいた富岡駅です。2014年の富岡駅。今はこのようになっています。ここが跨線橋で、ここが駅舎。きれいなJR富岡駅ができましたね。さくらステーションKINONEといって、“富岡は負けん”というフレーズが出ています。私が行った時、開店して間もなくだったのですけれど、内閣官房副長官という方が視察に来ていて、お付きの連中がずっと案内していたところでした。たまたまその時に出くわしました。
“富岡は負けん”は震災以降ずっと富岡町に掲げられているフレーズです。でもこの富岡駅、このようになった駅の反対側、海側はこの奥なのですが、どうなっているかというと、海側には仮設の大きな減容化施設があります。ここに仮設破砕選別施設とあって、大手ゼネコンとかが環境庁の仕事の中で、富岡町の廃棄物の処理を行っています。これはですね、実は富岡町の廃棄物処理施設なのですが、富岡町だけではなく、他のところからも持ってきていて、放射性物質、フレコンを運んでくる車は福島県だけではなく全部から、富岡とか幾つかの指定された減容化施設に運ばれてきます。車両の前にこういう番号付きのところが入っていて、みんな富岡町に運ぶ車両です。